老後の夢だった「海の見えるカフェ」をコロナ禍に「せやな」ではじめたカフェ店長
- 2021/07/17
ダナン。18世紀半ばにはフランス・スペイン連合艦隊が攻め込み、20世紀半ばにはアメリカの海兵隊が上陸し、巨大な基地が建設された港町。植民地も戦争も去ったあと、現在ダナンはベトナム有数の海のリゾートとして知られている。ひきの長い白い砂浜と青い海がひろがり、内外の観光客を魅了している。そのダナンにコロナ禍にもかかわらずカフェをはじめた女性がいる。それが今回のインタビュイー、佐井加奈子だ。
佐井は1975年大阪市のど真ん中、中央区の生まれ。インタビュー中はよそゆきの標準語だったが、話が興にのってくると、「せやな」とか「〜やん」など大阪弁が飛び出す。「いつでもアメちゃんを持ち歩き、ことあるごとに周りに恵んでいる」とブログ記事に書くぐらいベタな関西人を自称する。
彼女は短大に進み、陶芸を学んだ。卒業後20歳で、ある貿易商社に就職、海上業務課という部署で貿易を担当した。その貿易商社を退社後は実家の不動産・住宅関係の仕事を手伝っていた。2012年、縁あって今のご主人の佐井さんと結婚、マンションを購入、家具も買い揃え、部屋に花も飾って、いざ新婚生活を楽しもうとしていた矢先、夫から「海外に赴任するかも」という話を聞かされた。場所はベトナム・ホーチミン市。
「正直いって東南アジアは嫌いでしたね。海外赴任といったらイギリスかアメリカ、先進国にいくイメージでしたから、えっ、ベトナム?っておもっちゃいました」
でも夫からは「駐在は長くて1年」ということでしぶしぶ承諾。2013年の正月休みにはホーチミン市にとび、夫婦で家探しをした。ご主人の完璧なアテンドで、移動はすべてタクシーを利用、レタントン通りの店やビンコムセンターを案内されて「街はめっちゃきれいやん、快適やんとおもっちゃったんです。住むことが予定されているお部屋もかわいいお部屋でしたし。旅行気分で舞い上がってしまったんですね」
しかし、本赴任して到着したときの街の印象はまるで違っていた。住む部屋は決めた通りだったものの、その借りた家のまわりの環境は自分が正月休みに訪れたときの印象とまるで違った。家は中心地からは離れた街の、ゴキブリでも飛び交いそうな路地の奥にあり、ビンコムセンターやレタントン通りのような都会的なイメージはそこにはなかった。
自分のカタコトの英語も通じない。「もう到着したその日の晩に一晩泣きました。もういやだ、帰りたいとまで思いました」
盛大な送別会はやってもらったし、いまさら帰るに帰れない、期間もまあ1年間やし、と佐井は思い直した。その結論は「よし、ベトナム語を勉強してやれ。とにかく言葉さえ通じたらなんとかなるやろ」と。
次の日。パンパンに泣き腫らした目をしたまま、ホーチミン市社会人文科学大学の門をたたいた。初級クラス開始は2ヶ月後といわれたので、今すぐにでもベトナム語をはじめたいと告げると、先生と生徒と一対一の教室ならすぐにはじめられるといわれ早速授業を申し込んだ。
ベトナム語の先生は自分と同世代の女性教師だった。彼女とはなぜか最初からウマがあった。日曜日から金曜日まで毎日2時間、ベトナム語のプライベートクラスに通い続けた。「先生と生徒というより、友だちに会いに行く感覚でしたね。私って人生のピンチに遭うと必ず助けてくれる『運命のひと』があらわれるんです。彼女もその一人です」と佐井。
その後は「駐在員の妻」として友人たちとランチをしたり、キラキラの駐妻生活をエンジョイした。長くても1年のはずが、いつしかホーチミン市に4年、さらに滞在は延長され、最後の10ヶ月はダナンに暮らした。
ダナンに住んでいたころ、佐井は飼料袋を再利用したエコバッグに出会った。飼料袋のブタやニワトリの絵をうまくあしらったかわいいバッグだ。生産する工場を探し、ダナン、ホイアンのお土産さんに卸す事業をはじめた。「儲かるか儲からないかわからないけど、この仕事はやりがいがあったし、楽しかった」駐在の妻だった佐井に起業家スイッチがはいった。
日本に帰国後1年足らずして、どうしてもダナンでスーベニアショップをやりたい!との思いがつのり、佐井はひとりベトナム行きを決意。日本を後にしてダナンにお土産店「KaHoLi Store」をオープンしたのが2018年。半年後、佐井をおいかけるように夫もダナンにやってきた。
お土産店は日本のリゾート紹介番組でも紹介され、韓国人客にも愛されて経営は順調だった。しかし2020年、コロナ感染の拡大で外国人観光客はゼロとなり、ショップは休業をよぎなくされた。
「老後には海の見える場所でカフェでも開きたい」とそんな夢をもっていた佐井夫妻。『それだったら、老後を待たずに今はじめたら?幸い、カフェの物件をもっているし』というベトナム人の友人に励まされ、「それもせやな」とフットワークも軽く、佐井は数ヶ月の準備を経て2021年4月カフェ「Tropical Coffee」をオープン。
ノマドワーカー向けコワーキングスペースをイメージしてコーヒーショップをスタートさせたが、コロナ感染拡大の中でカフェも営業停止に。そこで佐井は「鳥の唐揚げ」のデリバリーを思いつく。「唐揚げをつくるのはITの仕事をしている夫なんですけどね」と笑う佐井。なんでも彼はおいしい唐揚げをつくっては友だちを家に呼んで振る舞うのが趣味なんだとか。
この「唐揚げ」のデリバリーが大ヒット。お客様から唐揚げ以外の惣菜も頼まれて作り届けるうちにメニューは「牛すじカレー」、「ローストビーフ」、「おでん」など10品目に拡大。ベトナム人にも日本の家庭料理の味のおいしさをしってもらいたいと計り売りの惣菜の価格も抑え、2万ドン(100円)から提供している。夢は惣菜工場もつくり、本格的な惣菜店のチェーンを展開することだ。
これからもベトナムに住み続けるのですか?と尋ねると「はい、そのつもりです」と佐井。「ただし、これからどんな『運命のひと』にであうかも知れません。その人に他の国へと導かれたら、ベトナムではない場所にいるかも」と微笑んだ。
文=新妻東一
佐井加奈子
Tropical Coffee(ベトナム・ダナン)
プロフィール
1975年大阪市生まれ。短大で陶芸を学んだ後、株式会社住友倉庫にて貿易実務の仕事に就く。その後結婚し夫の転勤を機にホーチミン市、ダナン市へ移住。2018年に土産物屋「KaHoLi store」を立ち上げるもコロナで観光客が途絶え現在臨時休業中。ひょんなことからコロナ禍で「Tropical Coffee」を立ち上げ、現在は総菜部門を新設し日々惣菜づくりに奮闘中。
さらに詳細な情報を知りたい場合は
下記よりお問い合わせください。