「あまのじゃく」な僕が行動認識AI・スタートアップ「アジラ」に入社したわけ
- 2021/09/29
アジラ。社名である。怪獣の名前ではない。同社は日本の木村大介とベトナムのグエン・タン・ハイの二人が2013年に出会ったことではじまったスタートアップ企業だ。同社は行動認識AI(人工知能)という技術では世界トップクラス、業界からも注目を集めている。
同社は監視カメラの映像情報を処理することで、侵入禁止の場所への立ち入りや不審人物の発見、あるいは複数のカメラに映った人物の同定を人工知能によって可能とする技術を持っている。すでに日本の大手企業との提携も進んでいる。日本の少子高齢化により人材が不足する警備や介護といった分野や、スポーツ分野でのフォーム分析への応用などが期待されている。
ITスタートアップ企業・アジラと社長・木村大介に魅せられて入社し、この度プロジェクトマネージャーに昇格した人物がいる。新卒入社2年にしての大抜擢。イチジョウタツキ、それが彼の名前だ。まるでヒーローものの主人公の名前のようではないか。その彼がインタビューに応じてくれた。
一条は兵庫県西宮市生まれ。言わずと知れた阪神タイガースの本拠地だ。高校では英語が得意。TOEICテストでも学内トップの成績だった。「修学旅行で広島に行ったんですが、外国人観光客に英語で話しかけたり、異文化に接することが好きでしたね」という一条。
高校卒業後の進路はアメリカ留学を選んだ。英語が得意だったことに加えて一条は「あまのじゃくなんですよ。人と同じ道を選びたくない」というのがその理由だった。カリフォルニアのあるリベラルアーツカレッジに進学した。リベラルアーツとは日本語的に言えば教養学。幅広い知識と教養を身につけることで「答えのない難問」に取り組む人材を育てる学問のことだ。最初の1学年で一条はソクラテスや孔子などの「知の源泉」に関して学ぶことにはじまり、マルクスやマクロ経済学、都市計画など多岐に渡る分野の学習にはげんだ。
大学は全寮制。1学年でも学生は100〜200名しかなかった。「学生の半分はインターナショナル、米国籍を持たない留学生でした。ネパールやベトナムからの学生がいましたね」英語が得意な一条だったが、実際にアメリカで使われている言葉は日本で学んだものとは違い、留学当初は言葉に苦労した。さまざまな国から来た友人たちと関わり、全寮制という環境の中で次第に英語にも慣れていった。
大学の中には日本人留学生のコミュニティもあった。一条はしかし彼らとは離れて生活せざるをえなかった。「付き合っていた女の子がその日本人コミュニティのリーダー的存在で、その子と別れることになったら、今度は『一条はやばいやつだ』とネガティブな噂を彼女に流され、仲間から疎まれたんです」おかげで留学に来たのに日本人学生とだけ付き合うようなことはなかった。何が幸いするかはわからない。
フランス語の授業で一緒になったひとりのベトナム人留学生と仲良くなる。全寮制でお互いが暮らす場所も徒歩数分の距離。同じ食堂で朝昼晩と食事をとっていれば親密になるのも早かった。一条が「ベトナム」を意識するようなきっかけを彼女が与えてくれた。
卒業も間近となった4年生の冬。多くの日本人留学生が日系企業共同で催す「ボストン・キャリアフォーラム」に参加する。このイベントに参加すれば、日本での就職活動と違い、ほぼ数日で内定がもらえるという。一条も当然、参加を申し込み、ボストン行きの航空券やホテルも予約した。「でもやっぱり自分はあまのじゃくなんですよ。直前でフォーラムへの参加をキャンセルしてしまいました」
大企業に勤めることが本当に楽しいのか?と自問自答した。IT企業に興味があったので、ネットで調べた。付き合っていた彼女の影響で「ベトナム」も検索キーワードの一つだった。ヒットしたのがアジラ代表・木村大介のツィートだった。
「スタートアップが楽しそうだなと思いましたね。アジラも社員が2、30名の頃で。木村社長がビジョンを語り、夢を語っていて。そんなところに惹かれました」一条は早速ビジネスSNS、Wantedlyを通じてアジラの木村社長に面接を申し込んだところ、すぐオンライン面談が決まった。
画面に映ったのは小さなオフィス。周りで社員の声なのか、ガヤガヤとした音。一条は活気のある会社だなと思った。面談の際に木村は「2020〜21年には会社のIPO(新規公開株)を行う」と宣言したので、「IPOでお金を手にしたら、木村さんは何をしますか?」と一条は逆に木村に質問した。返ってきた答えは「俺は大学院に進んで哲学を勉強したい」だった。面白い人だ、勉強したいのはわかるがコンピュータサイエンスなどではなく「哲学」を学びたいだなんて。そう一条は思った。「入社後、面接のとき木村さんはこういってましたね、と言ったら、『そんな話したっけ』と、全く覚えてなかったんですけどね」まさに君子豹変す、だ。
面接にも合格し、2019年7月にアジラに入社、直ちにベトナムに赴任した。同社のエンジニアたちはコンピュータサイエンスを学び、世界的なレベルの大学院を卒業した俊英ばかり。「現在は日本人のみならず従業員の中にはスリランカ人やギニア人もいるんです。様々な文化の衝突はあるものの皆仲は良いですね。10〜15人と連れ立って昼食をとることもありますが、そんなに大勢では一緒に座れる場所がなかったり」
一条の現在の肩書きはプロジェクトマネージャーだ。「プロマネと言いいながら、マーケティングや、新卒入社の社員のベトナム入国ビザのサポート、データベースの管理を任されることもあります。いわば『何でも屋』ですね。アメーバといってもいいかも知れません」と一条は仕事が楽しくてしょうがない様子だ。
「実はアメリカで付き合っていた彼女の家にホームステイしているんです。2019年には彼女と一緒にアメリカからハノイに戻ったんですが、夏休みが終わったら彼女は4年生だったので、アメリカに戻ってしまったんです。だから自分一人が彼女の家に一年間一人で暮らしました。ご両親は英語はできないので、自分がベトナム語を必死になって覚えました。ご両親とコミュニケーションできないと食事も満足にできませんし」と笑う。
アメリカに住んでいるときには「場違い」な感じを拭いきれなかった一条。ベトナムは日本と文化が似ていることもあり、居心地が良いらしい。大学時代、うまくもないメシを4年間食べ続けたこともあり、もう日本料理を恋しいとも思わず、ベトナム料理にも慣れてしまったという。
最後にベトナム人の彼女のどこに惹かれたの?と一条にたずねてみた。「信念を強く持って己れを貫き通すところ、ですかね。日本人はとかく周りに合わせていく人が多いので。あ、そういう女性ばっかりだな、というのはベトナムに来て初めてわかりました」一条は照れ臭そうにそういった。
「冷蔵庫の中にあるもので今日のメニューを決めないでください。『今』『自分は』『何が食べたいか』をベースにして、買い物に行きましょうよ」と自社のウェブサイトで彼は同じ20代の若者に語りかけている。私もこれから冷蔵庫の中身を見て今晩のおかずを決めるのではなく、買い物に出かけよう。
文=新妻東一
株式会社アジラ
一条樹(いちじょう たつき)
プロフィール
1997年兵庫県生まれ。アメリカ・カルフォルニアにある小さなリベラルアーツ大学を卒業後、Twitterでフォローしていた株式会社アジラ代表の木村の人格とビジョンに惹かれ同社入社、2019年7月よりベトナム・ハノイ法人にて勤務。現在は、AIプロダクト開発のプロジェクトマネジメントを担当。
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